こんにちは、やまもんです。
50歳でアメカジにハマってから、ずっと引っかかっていることがあります。
Lee、Levi’s、Wrangler、RRL……。
それぞれのブランドは、それなりに調べてきたつもりです。
でも、ふと立ち止まって思ったんです。
「そもそも、なんでジーンズって生まれたんだっけ?」
ブランドの知識はパズルのピースみたいに増えていくのに、その土台になる歴史の流れは、意外とちゃんと繋がっていない。
というわけで今回から、新しいシリーズを始めることにしました。
名付けて「アメカジ再入門」。
ブランド名を暗記するんじゃなくて、アメリカの歴史から順番にアメカジを理解し直してみようという企画です。
流れはいつも同じです。
アメリカの歴史 → 人々の生活 → 服が生まれた理由 → 現代のアメカジ
この順番で見ていくと、ディテール一つひとつに「なるほど、そういうことか」という理由があることが分かってきます。
記念すべき第1講のテーマは、アメカジの、というよりジーンズそのものの出発点。
「ゴールドラッシュ」です。
舞台は1848年、アメリカ西部
話は1848年にさかのぼります。
アメリカ西部、カリフォルニアのある製材所で、川底から砂金が見つかりました。
このニュースが東海岸、そして海を越えて世界中に伝わると、状況は一変します。
「カリフォルニアに行けば、一攫千金できるらしい」
そう聞きつけた人たちが、アメリカ中から、そして世界中からカリフォルニアを目指しました。
これが世界史でおなじみの「ゴールドラッシュ」です。
農夫、船乗り、職人、元軍人、借金取りに追われていた人まで、とにかくいろんな背景の人たちが、一攫千金だけを目的にひとつの土地に押し寄せる。
冷静に考えると、かなり異常な現象です。
でも当時の人たちにとっては、それくらい夢のある話だったんでしょう。
私も50歳になって新しい趣味にハマったとき、周りから「今さら?」と言われましたが、当時の人たちの熱量はその比じゃなかったはずです。

一攫千金を夢見て、人々が殺到した
ゴールドラッシュで押し寄せた人たちは、「フォーティナイナーズ(49ers)」と呼ばれています。
ピークだった1849年に殺到したから、という単純な由来です。
彼らが目指したのは、金が採れるという川や山です。
つまり、オフィスでも工場でもなく、自然の中で、朝から晩まで体を使う仕事でした。
・川に入って、砂利を選別する
・ツルハシで岩を砕く
・重い道具を運ぶ
・地面に膝をついて、泥だらけになる
想像するだけで、服がどれだけ傷むか分かります。
しかも当時のカリフォルニアには、今のような便利な店も、洗濯機もありません。
一度買った服を、ボロボロになるまで着続けるしかない環境です。
つまりこの時点で、すでに「丈夫な作業着」への強烈なニーズが生まれていたわけです。

過酷な暮らしの中で、服はすぐボロボロになった
当時の記録によれば、フォーティナイナーズたちの一番の悩みのひとつが、実は「服がすぐダメになること」だったそうです。
普通のウールやコットンのズボンでは、岩や道具でこすれてすぐに破れる。
ポケットに鉱石のサンプルや道具を入れると、重みでポケットの縫い目が裂ける。
洗濯の頻度も少なく、雨や川の水で濡れたまま乾かすことも多かったはずです。
つまり、当時求められていたのは「かっこいい服」ではなく「壊れない服」でした。
これは今の私たちがジーンズに求めているものと、実はけっこう近いんじゃないかと思います。
デニムが好きな人は、色落ちやアタリを楽しみますよね。
あれは元をたどれば、「酷使される前提の生地だからこそ、使い込むほど表情が変わる」という性質の延長線上にあるものです。
ゴールドラッシュの時代、すでにその土台が生まれていたわけです。

丈夫な生地を求めて。キャンバス地からデニムへ
ここで登場するのが、リーバイ・ストラウスという人物です。
ドイツ・バイエルン出身のユダヤ系移民で、アメリカに渡ったあと、兄が営んでいた卸売業を手伝っていました。
そして1853年、金鉱ではなく「金を掘る人たちに物を売る」ビジネスに目をつけ、サンフランシスコに渡ります。
彼が最初に扱っていたのは、テントや幌馬車の幌に使うような丈夫な生地でした。
このあたり、「鉱夫のズボンが破れやすいと聞いたリーバイが、手持ちのキャンバス生地でズボンを作った」という逸話がよく語られます。
ただし正直に言うと、この「テント生地でズボンを作った」という話には、後年になって作られた誇張や諸説が混じっているとも言われていて、史実として100パーセント確定しているわけではないようです。
はっきりしているのは、丈夫な作業着へのニーズがあったこと、そしてリーバイが厚手の綿生地を使ったズボンのビジネスに乗り出したこと。
最初は厚手のキャンバス地(帆布のような生地)が使われていましたが、やがて生地はフランス産の綾織りコットン、いわゆる「サージ・ド・ニーム(serge de Nîmes)」に切り替わっていきます。
このフランスの地名「ニーム(Nîmes)」がなまって、「デニム(denim)」という言葉になった、というのが定説です。
キャンバスよりも柔らかく、それでいて丈夫。
さらにインディゴで染めることで、汚れが目立ちにくいという実用面のメリットもありました。
こうして、「丈夫な作業着=デニムのズボン」という組み合わせが少しずつ定着していきます。

仕立て屋ジェイコブ・デイビスとの出会い
ジーンズの歴史を語るうえで、リーバイ・ストラウスと同じくらい重要な人物がいます。
ネバダ州リノで仕立て屋をしていた、ジェイコブ・デイビスです。
彼のもとに、こんな相談を持ちかけた客がいました。
「作業ズボンのポケットが、すぐ裂けてしまう」
ポケットに道具や資材を詰め込む仕事をしている客だったそうです。
デイビスは考えました。
縫い目だけでは、どうしても力に負けてしまう。
そこで彼が思いついたのが、ポケットの角に金属の鋲(リベット)を打ち込むというアイデアでした。
もともと馬具や荷物用の道具に使われていた金属パーツを、ズボンのポケットに応用したわけです。
これが、今も私たちがジーンズのポケット部分で目にする「リベット」の始まりです。

ポケットが破れる問題と、リベットという発明
リベットを打ったズボンは評判になり、デイビスの店には注文が殺到しました。
ただ、当時のデイビスには、この画期的なアイデアを特許として守るだけの資金的な余裕がありませんでした。
そこで彼が声をかけたのが、生地の卸売業者として付き合いのあったリーバイ・ストラウスです。
「このアイデアを一緒に特許にしませんか」
リーバイはこの提案に乗り、特許出願の費用を負担することになります。
このあたりの流れは、今でいう「アイデアはあるけど資金がない職人」と「資金と販路を持つ卸業者」が手を組んだ、いわば初期のビジネスパートナーシップです。
50歳になってから改めて感じるんですが、いい仕事って、だいたい誰かと誰かが組んだところから生まれるものなんですよね。

1873年、特許が生まれた日
そして1873年5月20日、二人の名前で「ポケットの角を金属リベットで補強する」という技術の特許が認められます。
これが、ジーンズの歴史における、ひとつの決定的な日付です。
アメカジ好きの間で「1873年」という数字がやたら重要視されているのは、この特許取得の年だからなんですね。
私も最初、この日付の意味を知らずに「なんかブランドの周年記念か何か?」くらいに思っていました。
でも背景を知ると、ただの数字ではなく、「作業着が特許技術を持つ工業製品になった日」だと分かります。
ちなみに、この特許によって生まれた製品は、当時「ウエスト・オーバーオール(waist overalls)」と呼ばれていました。
今の「ジーンズ」という呼び方が定着するのは、実はもう少しあとの話です。

なぜ「ジーンズ」と呼ばれるようになったのか
「ジーンズ」という名前の由来にも、実はデニムと似た地名がらみの話があります。
もともとイタリアのジェノヴァ(Genova)で作られていた丈夫な綿の綾織り生地が、フランス語で「ジェーヌ(Gênes)」と呼ばれ、それが英語圏に伝わって「ジーン(jean)」という生地名になったと言われています。
つまり、
・デニム → フランスの地名「ニーム」から
・ジーンズ → イタリアの都市「ジェノヴァ」から
という、ヨーロッパの2つの地名がルーツになっているわけです。
実は当初、「デニム」と「ジーン」は別々の生地を指す言葉でした。
デニムは経糸と緯糸で色が違う綾織りの厚手生地、ジーンはそれよりやや軽めの綿生地、というように区別されていたそうです。
それが時代とともに混同され、今では「ジーンズ=デニムのズボン」という認識でひとくくりにされるようになりました。
普段何気なく使っている「デニム」と「ジーンズ」という言葉。
まさか片方はフランスの地名、もう片方はイタリアの都市名だったとは、私も調べてみて素直に驚きました。
今のジーンズにも残っている、あの頃の名残
ここまでの話、実は現代のジーンズのディテールに、そのままの形で残っています。
・ポケットの角にある金属のリベット
→ ジェイコブ・デイビスが考案した、破れ対策のアイデアそのもの
・生地がインディゴ染めの綾織りコットン
→ ゴールドラッシュ時代に「丈夫で汚れが目立ちにくい」実用性から選ばれた素材
・バックポケットのステッチ模様(アーキュエット・ステッチ)
→ 元々は補強の意味合いが強かったディテール
・前立てのボタンフライ
→ 頑丈さを重視した工業製品としての名残
普段なんとなく「かっこいいから」と思って見ているディテールも、たどっていくと「壊れないための工夫」に行き着くものばかりです。

ジーンズのリベットについては、以前ユウヤマンが[ 隠しリベットや股リベットまで詳しく調べてくれた記事 ]もあるので、もっと深掘りしたい方はそちらも参考にしてみてください。
現在のブランドとの繋がり
この1873年の特許を取得した会社こそ、今も世界的に知られる「Levi’s(リーバイス)」です。
私たちが普段目にする501などの定番モデルは、この時代の「ウエスト・オーバーオール」の直系の子孫にあたります。
Levi’sそのものの歩みについては、以前[ こちらの記事 ]でも「作業着から世界的カルチャーへ」という流れを整理しているので、あわせて読んでもらうとより繋がりが分かりやすいかもしれません。
そして面白いのは、ここで生まれた「丈夫な作業着」という思想が、Levi’sだけでなく、後に登場するLee、Wrangler、さらには現代のRRLのようなブランドにまで、形を変えながら受け継がれているということです。
私自身、LeeやWranglerのアーカイブモデル、RRLのデニムを愛用していますが、どのブランドを穿いていても、根っこにあるのは「ゴールドラッシュ時代の作業着」という同じ祖先なんですよね。
ブランドごとの違いは、この先の講義で少しずつ触れていく予定です。
まずは「みんな同じところから始まった」ということを知っておくだけで、お店でジーンズを見る目が変わってきます。
まとめ
今回の話を、ざっくり整理するとこうなります。
1. 1848年、カリフォルニアで金が見つかり、ゴールドラッシュが起きた
2. 鉱山労働者たちの服は、過酷な労働環境ですぐボロボロになった
3. 丈夫な生地(キャンバス地から、フランス由来のデニムへ)が求められた
4. 仕立て屋ジェイコブ・デイビスが、ポケット補強のためにリベットを考案した
5. リーバイ・ストラウスと組み、1873年に特許を取得した
6. 「デニム」はフランスの地名、「ジーンズ」はイタリアの都市名がルーツ
必要に迫られて、壊れないように工夫を重ねた結果、たまたま今の私たちが「かっこいい」と感じる形になった。
そう考えると、リベットひとつ、ステッチひとつにも、ちょっと愛着が湧いてきませんか。
次回、第2講では「カウボーイは何を着ていたのか」というテーマで、ウエスタンウェアの成り立ちを見ていく予定です。
同じアメリカ西部でも、鉱山労働者とカウボーイでは、服に求められたものがまったく違います。
そのあたりの違いも、追い追い整理していきます。

